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​炬火 Die Fackel 

更新日:5 日前

 東京都の広報で注意が呼びかけられている「警察官を名乗る詐欺」。

 この広報では触れてない重大な事実がある。

 それ、実は大阪府警を名乗っている。大阪府警だから、どんな無法でもやるんだと脅かしている。そういうことが実際にあるから、怖くなってしまう。被害者たちは皆それを言っている。単純に被害者が騙されたのではない。

 その事実を、広報は隠している。



 大阪府警の警察官によるネコババ事件があった。

 店内に落ちていた現金の入った袋を、店主の妻が交番に届けたが、警官は受け取った現金を着服した。これが発覚すると警察の面目丸潰れだから、警察は届けた主婦に濡れ衣を着せた。拾得物横領の自白を執拗に迫り、女性をノイローゼ状態に陥れた。それでも自白しないので、逮捕して代用監獄に入れ拷問しようと考えた。その女性は妊娠していた。妊婦だが逮捕しても大丈夫という診断書を作れと医師に迫り拒否された。

 このさい検察官が、拾った金を着服するなら交番に届けるものかと疑念を持つなどしたことから、警察の悪事が発覚し、マスコミも取り上げて大騒ぎとなった。

 すると今度はネコババした警官を許すという減刑嘆願書に署名しろと妊婦に警察が迫り、記者会見では横領したのが主婦だと「誤認」したと言い逃れして記者が騒ぎ出し、その警官は慌てて撤回する醜態を見せた。


 こんなこともあったほど大阪府警は腐敗した組織である。

 あと兵庫県警も酷いことは有名である。いかにも関西らしいというべきである。だから「逮捕されたくなかったら金を出せ」なんて警官が言うわけないのに騙されるなんて奇妙だと、東京都の広報を見た人たちは一様に言うけれど、広報が隠しているというか言う訳にいかないというかの事実があって、それは「大阪府警だ」と言って脅していることだ。

 それで恐ろしくなり冷静さを失う。しかも、その時に病気などで身体が弱っている人だと、そこで逮捕されて乱暴に扱われたら死んでしまうと怖くなって、死ぬよりはマシだと金を渡してしまう。

 それが後から事件として問題になると、大阪府警は「被害者は偽物に騙されたのだ」と言うけれど、騙されても仕方ない原因は大阪府警にあり、ほんとうに偽警官だったかも疑問で、あとよくあるのは警察OBが絡んでいることである。

 とにかく、都の広報は肝心な事実を隠しているから、都民ほんとうのことを知ることができないのだ。

 
 
 

更新日:8月25日

 辺野古の事故で海保の責任が問われている。

 あの時の状況から、海保の救助が不適切ではないかと疑義が出ているからだ。適切なら死者がでなかったかもしれないというのだ。

 これに対し、悪いのは事故を起こした船舶だから、海保を責めるのは不当だと言う人がいる。この「元々の原因」論法なら、そもそも税金の無駄で環境に有害な埋め立て工事をするから抗議されるので、あくまで悪いのは国だけ、ということになってしまう。


 なにより海保は海上で救助を任務とする公的機関だ。

 もしも、マリンレジャーで海難事故となり死者が出たとして、元はと言えば遊びに来て無茶したのが悪いから充分な救助できなくても海保は悪くない、なんてことで納得できるものだろうか。ほんとうに無理だとしたら、海保の能力はマンガで『海猿』と美化されただけなのだろう。

 かつてキャスターの辛坊治郎がヨットで海難したさい、海保と自衛隊が救助に向かい多額の国費が費やされた。船舶と航空機の燃料だけでも五千万円くらいかかったと言われている。いつもテレビで国民に「自己責任」と言い放っていた男なのに、図々しいにもほどがあると非難された。しかし誰であっても救助は職務である。


 

 これは辺野古でも同じだ。

 しかも抗議行動ではなく見学に来た人だって居た。それは前からのことだったから、とっくにわかっていたことだ。それなのに救助できなければ、追及は当然のことだ。

 そもそも事故の原因究明や責任追及と、救助が適切だったかの検証は別問題である。あのとき現場には常に10人を超える隊員が配備されていたが、潜水用具をつけて救助対応出来る人員がいなかった。ここでは過去に船の転覆があったというのに。


 ところが海保は抗議船を敵と見做していた。

 それまで警備と規制のさい、しばしば酷い暴力をふるっていた。それでも事故があったら救助は当然のことだ。警備と規制をするにしても、事故があったら人命尊重で救助はするものだ。しかし、辛坊治郎は自己責任論者だが、それを言うのはいつも権力に媚びてのことだから助けて、政府に抗議する者は非国民だから助けない、ということなのか。あの転覆事故があった時は、その船舶は抗議行動をしておらず、いつも抗議行動をしている人や団体とは無関係の人達が見物のため乗船していたのだが。

 つまり海保が行政機関として当然の政治的中立を守っていたら、警備や規制と共に救助の用意をして当たり前のはずなのに、しておらず、これは怠ったというより、中立でないため抗議する者を敵視していたのであり、さらに関係のない高校生らが見学に来て巻き添えになったという違法性が疑われているのだ。


 つまり海保の救助に責任が無いという論法は通用しない。

 これは救助が適切だったのかという以前の問題である。それを、責任の有無について検証することを否定したがる人達がいる。なぜ、検証したら適切だったという結論になることを期待しながら待てないのだろうか。

 まず、船舶に所持者と周囲の関係者ではない人を定期的に乗せるには、それが料金を取らなくても、事業の登録をしなければならない。これを知らずに船舶の所有者と運航者たちは外部の人達を乗船させ、そこに修学旅行の高校生までいた。

 ここで行政機関が無登録を指摘し部外者の乗船を止めさせていたら、高校生が死ぬことはなかっただろう。海保の上の機関は国土交通省であり、ここが事業登録について管轄しているのに、業務を怠っていた。


 そんな問題になっては困るから話を逸らしたいのだろう。

 ついでに事故を政治的に利用する。この事故と無関係な沖縄県知事選挙にこじつけて、いつまでたっても完成しない無駄な埋め立て工事を容認する中央政府寄りの知事が当選して欲しいのだろう。また、抗議行動をしている運動団体が共産党と関わっているので攻撃に利用もしている。これこそ死者を冒涜する行為である。

 あと同志社国際高校の偏差値は68、とても高い。もともと一般的に、秀才学校ゆえ進歩的なことして権力から睨まれたら、偏差値の低い人達の僻み根性で、ここぞとばかりに便乗して攻撃する者がいるものだ。そしたら、やはり辺野古の事故があったら、いかにも偏差値が低いヤクザな人達のたまり場である右翼団体の街宣車が同志社国際高校へ嫌がらせに押し掛けた。SNSでもネトウヨが同様の言質であるが、こういうことは昔からあったことなのだ。

 
 
 
執筆者の写真: 井上靜
井上靜
8月9日
読了時間: 2分

更新日:8月29日

 今年の広島平和記念式典での出来事が話題だ。

 見た感じ若くて女の子という印象の女性が邪魔なので、うるさいにしても暴れてはいないのに警察管が数人がかりで強制排除した。しかも退かせればいいのに地面に横たえて置いた。

 ほんらい静かに追悼するところで騒ぐ者が毎年いるから、厳粛な儀式の妨げになるとか冒涜だとか非難する人達がいるけれど、そんな非難をしている人たちは政府の手先として綺麗ごとの式典を擁護しているのだ。  

 いつも騒動を起こしている人達は、追悼を妨害しているのではなく、似非追悼する政府を批判しているのだから、この人達に共感できるかは別にして、なぜ政府の側が毎度批判を受けるのかを考えた方がいい。そうすれば色々と問題があると解る。


現場にいた人が撮影して公開した。
現場にいた人が撮影して公開した。

 

 式典には外国からも批判があった。

 例えば、広島の松井一郎市長は、広島原爆禍の記念日に、ウクライナをめぐってロシアを批判した。 この批判はアメリカや西欧の意向に沿った内容である。しかも彼は、実際に自らの都市に原子爆弾を投下した米国については一切触れなかった。

 日本人にとっては常識である対米隷属であるが、この姿を国外から見ると非常に奇異に見えてしまう。


 ウクライナとロシアは話し合って一度は停戦で合意した。

 それなのに、横からイギリスが止めるなと口出し、米国らも武器を与えて煽ったのだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアのミサイルを一発も迎撃できなかったことで欧米に対して支援不足を訴えるが、戦争を止めさせてもらえず嗾けられたのだから、これは決して図々しい要求ではなく、むしろ当然の要求だ。

 しかし所詮は利用されているだけだから、こうなってしまった。実に愚かである。まるで日露戦争の時の日本である。



 つまり、ウクライナから得るべき本当の教訓は、欧米の言うことを信じてはいけない、隷属する自民党政権はダメってことだ。

 だから広島の式典に抗議する人達がいても、むしろ正当というべきだ。

 
 
 
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